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キリスト者の成長と教会

  • 2010年8月23日(月) 10:29 JST
  • 投稿者:
    masanngk

教会の一致とキリスト者の成長というテーマで録音しました。聞いてください。

困難に打ち勝つ

  • 2010年8月17日(火) 09:42 JST
  • 投稿者:
    masanngk

 こんにちは、横田キリストの教会の野々垣です。わたしたちの人生のなかでは、苦労や不幸が重なり八方塞のように感じる時があります。わたしにもそのような時期がありました。アメリカにいた時に極貧生活を送っていました。朝から晩まで働いている苦学生でした。この苦しみからいつ抜け出せるのだろうかと思ったものでした。このような時は何をやってもうまく行かないと感じるものです。このような苦難に打ち勝つための秘訣が聖書には書かれています。主なる神に祝された幸いなる生き方です。ではその秘訣が書かれているヨシュア記1章1節―9節を読んでみましょう。

 1:1 主の僕モーセの死後、主はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに言われた。
 1:2 「わたしの僕モーセは死んだ。今、あなたはこの民すべてと共に立ってヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている土地に行きなさい。
 1:3 モーセに告げたとおり、わたしはあなたたちの足の裏が踏む所をすべてあなたたちに与える。
 1:4 荒れ野からレバノン山を越え、あの大河ユーフラテスまで、ヘト人の全地を含み、太陽の沈む大海に至るまでが、あなたたちの領土となる。
 1:5 一生の間、あなたの行く手に立ちはだかる者はないであろう。わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。
 1:6 強く、雄々しくあれ。あなたは、わたしが先祖たちに与えると誓った土地を、この民に継がせる者である。
 1:7 ただ、強く、大いに雄々しくあって、わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する。
 1:8 この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ、そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたは、その行く先々で栄え、成功する。
 1:9 わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる。」

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主なる神が求めること

  • 2010年8月 3日(火) 10:25 JST
  • 投稿者:
    masanngk

 こんにちは、横田キリストの教会の野々垣です。今日も聖書のメッセージを聞いていただきありがとうございます。さて、今日は旧約聖書から学んでみましょう。

 聖書には旧約聖書、新約聖書があります。旧約聖書は、簡単に言えば旧い契約の書と言えるでしょう。新約聖書は新しい契約の書です。新しい契約とは、イエス・キリストを通しての契約です。旧約聖書では、人間の罪の贖いのために動物のいけにえが捧げられていました。しかし、新しい契約下では、たった一度、わたしたちの罪のために十字架にかけられ、いけにえとなったのです。ここに大きな違いがあります。だから、わたしたちは、羊や牛を自分自身の罪のためにいけにえにする必要はないのです。しかし、旧約聖書と新約聖書、根本的なところでは神の教えに違いはありません。今日は、そんな普遍的な教えを申命記から学んでみましょう。まず申命記10章12節―22節を読んでみましょう。
 
10:12 イスラエルよ。今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。ただ、あなたの神、主を畏れてそのすべての道に従って歩み、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くしてあなたの神、主に仕え、
 10:13 わたしが今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸いを得ることではないか。
 10:14 見よ、天とその天の天も、地と地にあるすべてのものも、あなたの神、主のものである。
 10:15 主はあなたの先祖に心引かれて彼らを愛し、子孫であるあなたたちをすべての民の中から選んで、今日のようにしてくださった。
 10:16 心の包皮を切り捨てよ。二度とかたくなになってはならない。
 10:17 あなたたちの神、主は神々の中の神、主なる者の中の主、偉大にして勇ましく畏るべき神、人を偏り見ず、賄賂を取ることをせず、
 10:18 孤児と寡婦の権利を守り、寄留者を愛して食物と衣服を与えられる。
 10:19 あなたたちは寄留者を愛しなさい。あなたたちもエジプトの国で寄留者であった。
 10:20 あなたの神、主を畏れ、主に仕え、主につき従ってその御名によって誓いなさい。
 10:21 この方こそ、あなたの賛美、あなたの神であり、あなたの目撃したこれらの大いなる恐るべきことをあなたのために行われた方である。
 10:22 あなたの先祖は七十人でエジプトに下ったが、今や、あなたの神、主はあなたを天の星のように数多くされた。
 

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クリスチャンの成長

  • 2010年7月27日(火) 09:54 JST
  • 投稿者:
    masanngk
横田キリストの教会の野々垣です。聖書メッセージを聞いて頂きありがとうございます。今日は、先週に引き続きクリスチャンの成長について考えてみましょう。クリスチャンになっても何も変わりがないという人がいます。クリスチャンになってばら色の人生が待っていると思っていた人にはがっかりするかも知れませんね。クリスチャンになったから急にお金が増えたとか、あらゆる病気が治ったとか、または希望の会社や大学に入れたとかいうことはないのです。では、何が変わるのでしょうか。
 

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神の愛と力

  • 2010年7月24日(土) 10:26 JST
  • 投稿者:
    masanngk

こんにちは、横田キリストの教会の野々垣です。さて、クリスチャンになられて読者の皆様はどのくらい経つでしょうか。まだクリスチャンになっていない方もいらっしゃるかもしれませんね。クリスチャンになったばかりの人はまだ赤ちゃんのような状態です。霊的に成長するように神は望んでいます。自動販売機のようにお金をいれれば自動的に成長するようなものではありません。今日は、クリスチャンの成長のプロセスを考えてみましょう。

 パウロはエペソの手紙3章14節―21節で次のように祈っています。読んでみましょう。
 
3:14 こういうわけで、わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。
 3:15 御父から、天と地にあるすべての家族がその名を与えられています。
 3:16 どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、
 3:17 信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。
 3:18 また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、
 3:19 人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。
 3:20 わたしたちの内に働く御力によって、わたしたちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのおできになる方に、
 3:21 教会により、また、キリスト・イエスによって、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。 
 
さてこの祈りの意味は・・・
 

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パウロの祈り エペソ1章15節ー23節

  • 2010年5月 4日(火) 14:13 JST
  • 投稿者:
    masanngk

パウロの祈り エペソ1章15節―23節

クリスチャンにとってもっとも大切な事は、主イエス・キリストを本当に知ることです。主イエスと本当に親密な関係を持つことです。逆に言えば、イエス・キリストと1対1の親密な関係をもっていないのは致命的なのです。しかし、残念なことに日本には一応クリスチャンが多いのです。何ちゃってクリスチャンです。クリスチャンの洗礼を車の免許証や大学の卒業証書のように考えがちなのですが、それは間違いです。クリスチャンの洗礼、つまりバプテスマは、イエス・キリストの学校に入ったスタート地点にたったようなものです。クリスチャン人生はよくマラソンにたとえられますが、イエス・キリストといっしょに一生歩むマラソンです。長い道のりですが、ゴールはあるのです。天の御国というゴールがあります。
 
怪我をした時に、応急処置を怠ったために命をおとしてしまったという話を聞いたことがあります。また子供が、ライターでいたずらをして火事になって家が全焼してしまったという話もありますね。このような人たち、子供たちは、物事の重大さを知らなかったのです。このように知らなかったがために、大きな事故になることはあるのです。無知ゆえの失敗は赦されることが多いでしょう。しかし、クリスチャンが本当にイエス・キリストを知らないほど悲しい話はないのです。だから、パウロは、クリスチャンのために祈っています。エペソ1章15節-23節を読んでみましょう。
 
1:15 こういうわけで、わたしも、あなたがたが主イエスを信じ、すべての聖なる者たちを愛していることを聞き、
 1:16 祈りの度に、あなたがたのことを思い起こし、絶えず感謝しています。
 1:17 どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、
 1:18 心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。
 1:19 また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。
 1:20 神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、
 1:21 すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。
 1:22 神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。
 1:23 教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。

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夢、絶望、希望

  • 2010年4月27日(火) 09:41 JST
  • 投稿者:
    masanngk

 御元気ですか。 

神から離れた人間は、さ迷い人であると数週間前に言いましたが、一見、幸せそうな人でも実は創造主なる神から離れた人間は、本来の人間の姿ではないのです。創造主なる神によって創造された人間には、神によって与えられた目的があるのです。その目的どおりに生きることこそ本来の人間の姿であると説明しました。
 しかし、この世の中を見回してみますと、神様から離れてしまっている人が大勢いるのに気づかされます。人生の歯車が狂ってしまった人たちが大勢いるのです。狂って当然です。なぜでしょうか。目的どおりに生きていないからです。このような狂った世の中に生きているわたしたち人間に希望はあるのでしょうか。
  
 「大きくなったら何になりたい?」という質問は子供のころ、わたしが聞いた質問です。つまり将来の夢は何?という質問です。男の子であれば野球の選手やサッカーの選手になりたいと思っている人もいるかもしれません。毎年、100人くらいの人たちがドラフトでプロ野球に入っていきます。たとえドラフトで一位に指名されてもその中で生き残り本当にプロ野球の選手としてやっていけるのはほんの一部なのです。夢は、挫折へと変わっていきます。
 あなたの夢は何でしょうか。将来、どんな事をしたいと思いますか。10年後、あなたはどんな事をしているでしょうか。
中国の思想家である魯迅が次のように言っています。「希望とはもともとあるものだとも言えないし、ないものだとも言えない。それは道のようなものである。地上にはもともと道はない。歩く人が多くなればそれが道になるのだ。」
 他の人々の成功しているのを見れば、ようし僕も挑戦してみようと気になるんもんです。そのような意味で魯迅は言ったのでしょうか。いずれにせよ、希望とは自分で作っていくものだという意味でしょう。
 辞書によれば希望とは、「自分がこうなりたい、人にこうしてもらいたいとよりよい状態を期待して実現を願うこと」と書かれています。ヘレン・ケラーが次のように書いています。「希望は人を成功に導く信仰である。希望がなければ成就するものではない。」確かにそうかもしれません。
 しかし、何に希望をおくのでしょうか。幸せになりたいとは誰もが思うでしょう。だから人は・・・したら幸せになるはずと考えます。たとえば、仕事に希望を持つ人、また結婚に希望を持つ人、結婚すれば幸せになれるはずと考えるのです。でも本当にそうかな?自分自身が変わらなければ何にも変わらないのではないでしょうか。この世の中の物に希望をもてば遅かれ早かれ落ち込みます。でも今、現在、落ち込んでない人たちもいるのも事実です。だから人はだまされやすいのです。
 さて今日はその夢を追い続ける人の話をしたいと思います。ルカの福音書15章11節―24節まで読んでみましょう。
 
15:11 また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。
 15:12 弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。
 15:13 何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。
 15:14 何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。
 15:15 それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。
 15:16 彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。
 15:17 そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。
 15:18 ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。
 15:19 もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』
 15:20 そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。
 15:21 息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』
 15:22 しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。
 15:23 それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。
 15:24 この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。

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