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盗み

  • 2010年7月23日(金) 08:45 JST
  • 投稿者:
    masanngk
昔からのことわざに「盗人にも三分の理」がある。その意味は、「泥棒が盗みをするのにも、それなりの言い分がある。どんなことにでも、もっともらしい理屈はつけられるということ。」確かにいろいろな事情があって盗みにはいる人がいるかも・・・。最近、火付け盗賊改めの長官を主人公にした鬼平犯科帳を読んでいる。この小説は良く書かれていて、人情話の中にも正義が保たれている。読んでいて胸熱く目頭があつくなってしまった。

20:15 盗んではならない。(出エジプト記20章15節)

実は盗みはいつの世でも犯罪なのだ。人が神の教えに逆らうもっとも初歩的な行いかもしれない。他の人の権利を侵害するだけじゃない。社会を混乱させ人間同士がお互いを食いつぶしてしまうのである。神の教え、戒めは、いつも人間たちにとって良い結果をもたらす。神は愛をもってわたしたちに戒めを与えてくださった。だからこの戒めを守って生きていこう。

青い海原

  • 2010年7月22日(木) 12:29 JST
  • 投稿者:
    masanngk

夏本番、いろいろ観光地がにぎやかだ。遊園地のようなところも好きだが、やはり海や山の大自然に勝るものはないと感じてしまう。先日、伊豆大島へ旅行に行ってきた。

青い海原、果てしない地平線を二時間もあきずに見ていた。地球が丸いのがわかる。表面張力のように水が地球に張り付いているのがわかる。創造主なる神の知恵が自然にはある。海は塩水からなっている。なぜ塩水なんだろうか。宇宙の果てはどこだろうか。海の果ては?海の中の生物をみるだけで神の力を感じてその力に圧倒される。

創造主なる神に従うこと、これが人間の本分なのだろう。

男女の関係

  • 2010年7月16日(金) 12:11 JST
  • 投稿者:
    masanngk
男女の関係は古今東西あまり変わらない。というのも人間は肌の色や文化の違いこそ、罪をもっていることに変わりはないからだ。次の言葉を読んでみよう。

20:14 姦淫してはならない。(出エジプト記20章14節)

姦淫とは、神の御心に反した男女関係を指している。婚前交渉や他の人の妻や夫と関係をもつことなどを指している。キリストは、姦淫が単なる行いを指しているのではないと教えている。

5:27 「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。
5:28 しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。
5:29 もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。(マタイ5章27節ー29節)

姦淫は心の中で犯される。だからこそ、心で何を考えているのが問われている。動機が問われている。キリストによって心を清めてもらおう。今日もキリストと共に人生を歩もう。

殺してはならない

  • 2010年7月15日(木) 09:10 JST
  • 投稿者:
    masanngk
聖書には次のような言葉が十戒にある。

20:13 殺してはならない。(出エジプト記20章13節)

動植物は、食料として人間に与えられている。しかし、人間は別だ。どこの国でも殺人は大罪だがなぜ人間を殺してはいけないのだろうか。

人間は神にかたどって、神に似せられて創造された。他の動植物と分けられて特別な存在として創造されたのだ。人間は自分たちの手によって人の命を絶つということは許されていない。それでも人間は罪を犯す。キリストはこの罪のために死んだ。殺人事件を犯した人でもキリストを信じれば神の恵みを受ける。今日もこの恵みを大事にしたい。

親を敬う

  • 2010年7月13日(火) 19:17 JST
  • 投稿者:
    masanngk
旧約聖書に書かれている十戒は、「神と人間の関係」と「人間同士の関係」について書かれている。次の聖句は親子の関係について。

20:12 あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。(出エジプト記20章12節)

どんな宗教でも教えていることがあるが、「親を敬う」をそんな教えの一つであろう。もしどんな宗教でも教えているのなら、なぜ聖書の教えがそれほど尊ばれなければならないのだろうか。「結局どれでもいいじゃん」とならないだろうか。実は、神はすべての人間に良心を与えている。その良心に従って人は親を敬うのだろう。しかし、罪人である人間は、自分の都合によって善悪の尺度を変える。文化によって時代によって、正しい教えを変えてしまう。しかし、神の御言葉は変わることはない。善悪の基準に変化はない。聖書には一貫性があるのに気づかされる。わたしは聖書は神の御言葉と信じている。

休もう!

  • 2010年7月12日(月) 11:15 JST
  • 投稿者:
    masanngk
旧約の時代、神はイスラエルの人々に休息を与えた。次の言葉を読んでみよう。

20:8 安息日を心に留め、これを聖別せよ。
20:9 六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、
20:10 七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。
20:11 六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。(出エジプト記20章8節ー11節)

忙しいのは美徳と考える人がある。毎日、途切れもなく働き続けている人たちがいる。この不景気の時代に仕事があることはいいことだ。しかし、仕事がなくても疲れてしまうのも人間だ。今一度、心を落ち着けるために止まってみることも必要だ。自分が何を目的にどこへ向かおうとしているのか、休んで考えてみよう。忙しい時間を過ごしていると、自分がどこにいるのかも忘れてしまう。人生の休憩時間を見つけよう。あわてても、何にも変わらない時があるものだ。わたしが交通事故で3ヶ月入院した時、この事実について教えてくれた。今日もキリストにあって心の安らぎを頂こう。

苦しい時の神頼み

  • 2010年7月11日(日) 14:18 JST
  • 投稿者:
    masanngk
「苦しい時の神頼み」と言われるが、苦しい時に神により頼んではいけないのだろうか。次の聖句を読んでみよう。

20:7 あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。(出エジプト記20章7節)

わたしたちは、「生きる」すべてにおいて神の恵みに頼って生きているのである。楽しい時もつらい時も、いつも神により頼むべきだろう。だから、苦しい時だけ神に願っても、神がわたしたちの祈りを聞いてくれるだろうか。神は、わたしたちの心からの信仰、祈りを受け入れてくださる。いつも神に感謝しよう。

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