7:13 「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。
7:14 しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」(マタイ7章13節ー14節)
果たして自分は狭い門から入っているだろうか。安易な方法を求めていないか。純粋な信仰をもって従順に従っているだろうか。話す言葉、言動はどうだろうか。こう考えてみると・・・身も心も引き締まる思いになる。自分をいくら吟味してもたりないものがある。自分を自分で清めることは出来ないから。だから、主イエスの名によってすべて洗いざらい告白してしまおう。後は、主にお任せだから。ただ主に愛して、主に従う信仰をもって今日も生きよう。日々、霊的な戦いはあるから。
クリスチャンはキリストの弟子だ。
10:38 一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。
10:39 彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。
10:40 マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」
10:41 主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。
10:42 しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」
主の弟子とは、キリストから学ぶ者である。同時にキリストのために、兄弟姉妹のために奉仕する。マリアとマルタはどちらもキリストを慕い求めていた。弟子として当然のことを行っていた。優先順位をどこに置くかというと、キリストから学ぶことにあるのだろう。具体的にキリストにある訓練を述べてみると・・・
全文表示 (1 ワード)
キリストの弟子になりたいと決心していったい何年たつだろうか。
10:34 「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。
10:35 わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、/娘を母に、/嫁をしゅうとめに。
10:36 こうして、自分の家族の者が敵となる。
10:37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。
10:38 また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。
10:39 自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」
このような聖句を読む時、じぶんは「まだまだだな」と痛感する。上記の聖句は、別に親兄弟を捨てるという意味ではまったくない。それでは・・・?
全文表示 (1 ワード)
より多くの人たちのご意見やご感想を聞きたいので、しばらくコメント投稿をオープン化させていただきます。
ログインなしでも誰でも投稿できます。
主イエスは愚かな人と賢い人を比較している。
25:1 「そこで、天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。
25:2 そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。
25:3 愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。
25:4 賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。
25:5 ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。
25:6 真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。
25:7 そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。
25:8 愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』
25:9 賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』
25:10 愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。
25:11 その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。
25:12 しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。
25:13 だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」(マタイ25章1節ー13節)
全文表示 (1 ワード)
こんな時代だからかもしれない・・・今日もまたホームレスの方が来た。
話を聞いてあげて食事を与えてあげた。粗末な食事であった。というのも、これは、わたしのランチだったから。これしか手元になかったものだから、とりあえずあげたのだが、、、。
わたし自身、あまり食事にはこだわらない方なので、粗食である。食べられて満足!のタイプである。
全文表示 (1 ワード)
5:8 心の清い人々は、幸いである、/その人たちは神を見る。
黒いサングラスをかけて景色を見れば暗く見える。黄色いサングラスをかけると黄色がかって見える。
目が慣れてくると不思議な感じはしない。こんな当たり前のこと・・・なんで書いているの?と
思うかもしれない。
実は聖書を読むにも同じようなことがいえる。
どういう色を通して聖書を読んでいるのだろうか。
どんな色のメガネをかけて聖書を読むたくはない。
聖書の御言葉が心に素直に入るように祈っている。
スポンジのように御言葉のすべてを吸い取り、生きていきたいと願っている。
全文表示 (1 ワード)