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ローマ5章6節ー11節

  • 2010年1月29日(金) 12:09 JST
  • 投稿者:
    masanngk

お元気ですか。寒い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。今朝も聖書を読み自分の罪の深さを知り、今日も主に委ねて生きていこうと新たに決心しています。今日はローマ5章6節―11節をお読みします。

 5:6 実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心な者のために死んでくださった。
5:7
正しい人のために死ぬ者はほとんどいません。善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。
5:8
しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。
5:9
それで今や、わたしたちはキリストの血によって義とされたのですから、キリストによって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。
5:10
敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば、和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのはなおさらです。
5:11
それだけでなく、わたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちは神を誇りとしています。今やこのキリストを通して和解させていただいたからです。(ローマ5章6節ー11節)

文化を問わず、国を問わず犠牲の精神は強調されますが、ひとたび、敵対する人々、団体、国々との関係となると、その精神はいとも簡単に捨てられます。これは人間社会の暗黙の了解でしょう。 

しかし、神様の愛は人間の常識を超えています。イエス様はご自分に敵対していたわたしたち人間のために十字架上で犠牲になって死なれたのです。わたしたちはそのような尊い愛を受けるような資格などない悪人です。誰が神様の御前で、「わたしは善人です」と言えるでしょうか。誰が「わたしにはまったく悪がない」と言えるでしょうか。わたしたちは愚かな罪人に過ぎないのです。
 
わたしたち人間がもっとも忘れている事実は、罪はわたし自身を弱くすることではないでしょうか。精神的に心に病を感じていなくても、罪はわたしたちの心を知らぬ間にむしばんでいきます。足かせをつけて歩くようなものでしょうか。うまく歩けません。すぐ疲れてしまいます。
 
怒り、憎しみ、嫉妬心、うらみ、つらみ、人の悪口、陰口、嘘偽り、すべてわたしたち人間、そして人間社会そのものを弱くするのです。今、イエス様を心から信じましょう。罪から解き放れて新しい人生を歩んでみませんか。

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  • ローマ5章6節ー11節
  • 投稿者:show on 2010年1月29日(金) 17:14 JST

>神様の愛は人間の常識を超えています。イエス様はご自分に敵対していたわたしたち人間のために十字架上で犠牲になって死なれたのです。

この部分はすさまじいですね。

イエス様はご自分を人間の手で十字架に架けられるままにし、その上で殺されても愛を示すという部分は人間の理解を超えています。だからこそアガペーで表現される「神様の愛」というのは、人の中で言う「愛」とは広さ、深さ、高さにおいても比較しようもないくらいですね。

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