病気の見分け方

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日本のクリスチャンの人口は、すべての教派を合わせても全人口の1%くらいといわれています。韓国では50%かそれ以上とも言われています。中国でさえ日本よりも多いと聞きます。おそらく他の東南アジアの国々のクリスチャンの人口は、明らかに日本より多いと思われます。なぜ日本にはクリスチャンが少ないのだろうかと考える時、私はイエス・キリストの次の言葉を思い出します。

イエスは言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

日本人は平和ボケしているとよく言われます。このような平和国家では心底、宗教を必要と考えている人は少ないのでしょう。ある一部の人々だけが世の中に対して空しさを感じてオウム真理教のような新興宗教に入信したりする程度です。結果的には恐ろしい悲劇を生み出しました。ですから、余計に宗教に対する嫌悪感も強くなるのではないでしょうか。

キリストは丈夫で健康な人ではなく病人を招くために来たのです。病人は自分が病気を患っていると思わなければ病院には行きません。病気があると気づいて初めて医者に行きます。それと同じように自分が正しいと考えている人は、イエス・キリストを必要と感じないのです。自分には何も悪いことはない、何も不自由などしていないと感じている人は、キリストから学ぶ必要も何も感じないのです。ましてや、聖書が語る罪と聞いても何のことやら、想像もつかないでしょう。罪といえば、国家の法律を破る犯罪を指しているからです。そして警察に捕まった人が罪人なのです。変な言い方ですが、日本には警察に逮捕されなければ罪人にはならないという考え方が根底にあります。

同時に、日本人は親切であり丁寧であるという定評があります。実際に、わたしの周りにもクリスチャンではないですが、多くの親切な人たちがいます。犯罪率が非常に高くなったとはいえ、まだまだ日本は外国と比べて平和に暮らしていける国です。このような平和に満たされた世の中では、生き方について真剣に考えにくいかもしれません。その日、その日が平和に暮らせているのだから、すべてOKと考えてしまいます。

しかし、すべての人間は神の目からすれば、病人であり罪人なのです。その事実に気づく人がキリストの下に来て心の治療を受けるのです。最近、テレビでは健康、病気に関する番組が多く放送されています。そのような情報報道番組の中で重い病気の前触れについて話されます。私たちはそのような事を聞いて自分が実は重い病に犯されていると気づくことがあります。キリストを医者として例えていえば、キリストの話を聞いて私たちは自分が病人であり罪人であると気づくことが出来るのです。キリストは私たちの動機や心の奥底にある邪念を問いただします。このメッセージを聞いているあなたが、一度でもキリストの言葉を聞けば、なるほどと思うはずです。

目に見えない神は、目に見えない形で私たちに語りかけてきます。心に語りかけてきます。今は気づいていなくても、来週には気づくかもしれません。そのためにもまず、キリストの言葉を聴くために聖書を読んでみましょう。キリストは今もあなたに語りかけています。あなたを招いています。キリストは最強の名医です。私たち人間の心を癒し、新しい人生観、喜びと安らぎに満たされた人生を与えくださいます。心からお勧めします。ではさようなら、また来週。

 

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