祈りの意味と神の御心に適った祈り方

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人は、なぜ祈るのでしょうか。多くの宗教において祈りは、重要な行いです。またまったく宗教心がない人でも、「苦しい時の神頼み」のごとく祈ってしまう事はないでしょうか。

私は、幼少の頃から宗教にはまったく興味がありませんでした。そのせいかもしれませんが、クリスチャンになっても個人的な祈りはまったく皆無でした。祈る意味さえ理解してませんでした。しかも、祈りをいつも疑っていたのです。「祈って何が変わるの?」と考えていたのです。まったく、クリスチャンとしては恥ずかしい限りです。

祈り程、クリスチャンの心を惑わすものはないかもしれません。多くのクリスチャンは、祈りを誤解しているのかもしれない、と私は思います。そこで、祈りに関して、多くのクリスチャンが感じている事を列挙してみます。

  • 教会の礼拝の祈りだけで、個人的な祈りはまったくない。意味がないと考えている。
  • もし全知全能の神が、過去現在未来、すべてを知っているのであれば、私たちが祈る理由はないだろう。祈っても、祈らなくても、結果は変わらないのだから。
  • 祈っても結局何も変わらなかった。「人生、なるようになるしかない」ってこと。祈るよりも、むしろ気楽に暮らした方がいいだろう。
  • 自分の思いが叶えられると、神が答えてくれたというけど、それってただの思い込みでしょう。
  • 祈るくらいだから、当然、努力もするから目標が達成されるんじゃないか。

どのくらいの割合のクリスチャンは、個人的な祈りを習慣として捧げているのでしょうか。また、個人的な祈りと教会の礼拝での祈りの関係はあるのでしょうか。

どのような祈り方が、神の御心に適った祈りなのでしょうか。また、何を祈ればいいのでしょうか。これらの疑問に丁寧に答えています。